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ハーツクライ

2006.07.31(16:54)
ハーツクライ(Heart's Cry)は、日本の競走馬。主な勝ち鞍は2005年有馬記念、2006年ドバイシーマクラシック、2004年京都新聞杯。

母アイリッシュダンスは1995年新潟大賞典、新潟記念等9勝を上げた名牝で、ハーツクライはその母の名より連想してミュージカル「リバーダンス」の中の一曲「ハーツクライ(Heart's Cry)」と名付けられた。
戦績

3歳

2004年1月の京都競馬場の3歳新馬戦でデビュー。これを難なく勝利し、次のきさらぎ賞では1戦のキャリアながら3着に入り素質の高さを見せる。その後若葉ステークスを快勝し、挑んだ3歳牡馬クラシック第一弾皐月賞はダイワメジャーを前に14着と大敗する。続くダービートライアルである京都新聞杯ではスズカマンボに競り勝ち、本番へ進む。そして迎えた東京優駿(日本ダービー)では直線で大外から追い上げ、ハイアーゲームを捕らえるがキングカメハメハにわずか届かず2着となる。秋になり、武豊騎手を背に神戸新聞杯に出走するも3着。菊花賞ではダービー2着が評価され1番人気に支持されるも、デルタブルースの7着に終わり、クラシック競走優勝には手が届かなかった。その後、3歳馬ながらジャパンカップと有馬記念を連戦するも着外に終わった。

4歳
2005年初戦の大阪杯は2着、続いて天皇賞(春)では追い上げるもスズカマンボの5着に沈む。次に挑んだ宝塚記念でも11番人気のスイープトウショウにわずか及ばず2着と、春は惜しいレースが続く。その後放牧に出されるが、管理調教師である橋口弘次郎は「放牧が明けて秋になると、春とは別の馬のように馬体が成長した」とコメントしている。秋初戦、トライアルレースを使わずに天皇賞(秋)に出走。結果はスローペースに泣きヘヴンリーロマンスの6着であったが、上がりタイムの32.8はスイープトウショウと同じであり、レース内容自体は悲観するものではなかった。(ちなみに前年の有馬記念以降同馬に騎乗してきた横山典弘騎手がゼンノロブロイに騎乗するため、フランス人騎手のクリストフ・ルメールが騎乗。このレース以降手綱を握る) 続くジャパンカップでは、イギリス馬アルカセットがホーリックスのレコード記録を破る2.22.1の日本レコードタイムで制し、ハーツクライは惜しくも勝ち馬と同タイムのハナ差2着であった。またも惜敗に終わったが、着順は日本馬最先着であり、また古馬最強を誇っていたゼンノロブロイ(3着)を下し、同馬の成長の証しを見せた。その後ファン投票6位に推され、暮れのグランプリに駒を進める。迎えた有馬記念では鞍上のクリストフ・ルメールが大胆な先行策をとるが、これが見事功を奏し、圧倒的1番人気に推された同年無敗の三冠馬ディープインパクトの追撃を半馬身差で凌ぎ切り、悲願のGI制覇を達成した。この勝利と年間を通じてのGI戦線での活躍が評価され、この年のJRA賞で最優秀4歳以上牡馬にも選出された。また有馬記念後、橋口調教師は翌年にハーツクライを海外遠征させるプランを明らかにした。

5歳
2006年最初のレースとして選んだのは、3月のドバイシーマクラシックであった。事前の同じ橋口厩舎のユートピアとの追い切りでは、馬なりで上がり3ハロン33秒台という破格の時計を出し、本番では有馬記念を髣髴とさせる逃げ先行の作戦で、直線ではムチを入れることなく後続をさらに突き放し4馬身差で圧勝した。同年7月には世界最高峰レースの1つ、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスへ出走。ハリケーンランに次ぐ2番人気に支持される。ニジンスキーが勝った1970年以来の6頭立てという少頭数となったレースでは、終始3、4番手を追走し、最後の直線で一度は先頭に立つなど健闘したものの、ハリケーンラン、エレクトロキューショニストの前に3着に終わった。
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