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宮崎 吾朗

2006.07.31(16:38)
宮崎 吾朗(みやざき ごろう、1967年1月21日-)東京都生まれ。

宮崎駿の長男(弟は木版画家の宮崎敬介)。信州大学農学部森林工学科卒。卒業後、株式会社森緑地設計事務所に入社。建設コンサルタントとして、公園緑地や都市緑化などの計画・設計に従事。その後、三鷹の森ジブリ美術館の総合デザインを手がけ、運営会社である株式会社ムゼオ・ダルテ・ジブリ代表取締役に就任。三鷹の森ジブリ美術館竣工後は、三鷹の森ジブリ美術館初代館長(2001年10月1日~2005年6月23日)及び、株式会社マンマユート団初代社長に就任(2006年現在の社長は玉川典由)。財団法人徳間記念アニメーション文化財団理事。

2006年7月に公開予定のスタジオジブリの最新作「ゲド戦記」では、挿入歌「テルーの唄」の作詞とともにその監督を務める。アニメーション・劇場用映画共にこれが初監督作品となる。

2004年度 芸術選奨文部科学大臣新人賞、芸術振興部門を受賞。

監督就任のいきさつ
2006年7月公開の「ゲド戦記」でアニメーション監督としてのデビューを飾るが、その監督採用には様々な批評・批判がされている。これまで現場の制作をしていない素人が、「親の七光り」だけで有名スタジオの監督になり、いきなり長編映画を指揮して良いのか…というのが、その主な論点である。宮崎駿監督が反対したのも、この点からであると思われる。

しかし、スタジオジブリが「高齢の宮崎駿」から脱却すべき時期にきている事も、また事実である。期待されていた近藤喜文の亡きあと、宮崎監督の意思を受け継ぐ「若手の創出」として、今回の起用が行われている事も間違いないだろう。


いきさつは、吾郎は最初「ゲド戦記を作るスタッフの一員」として入ったが、スタッフを引っ張るような発言力があった。そこで、鈴木敏夫が「監督は吾郎君にやらせてはどうだ?」と宮崎駿にいったが、やはり取り入ってもらえなかった。

しかし、吾郎もゲド戦記自体は「宮崎駿監督の最も好きな本の一つ」ということで、幼き頃から読んでおり、画力も元は建築関係の会社に務めていたこともあり高かった。鈴木が、宮崎駿や他のスタッフを納得させる為、ストーリーアートを彼に描かせ、スタッフに持って行った所、ポスターにも使われた「ドラゴンとアレン」等数枚を持っていき、建物などの素人と思えない綺麗さに、動画マン達にも許諾された。だが実際は宮崎駿監督が先に映画化したかったのにとられた事を根にもって親子でしばらく話もしなかったらしい。

様々な批判や賛成にも、それなりの理由があると思われるが、最終的には「作品の出来」で問われる問題であり、その最終的な評価を受けての、今後の彼の活躍が期待される。
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