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亀田 興毅

2006.06.29(22:00)
亀田 興毅(1986年11月17日 - )は、プロボクサー。左ファイターボクサー。ボクシング家族である亀田三兄弟の長男で、亀田大毅、亀田和毅の兄。階級はライトフライ級(フライ級から転級)。最高位はWBAライトフライ級世界ランキング2位(フライ級4位)、WBC世界ランキング11位。プロ戦績2006年5月5日現在11戦全勝(10KO)。最終学歴は大阪市立天下茶屋中卒。血液型はB型。ニックネームは「浪速乃闘拳」(なにわのとうけん)。

 
来歴
大阪府大阪市西成区天下茶屋出身。天下茶屋小4年の時に糸東流空手世界ジュニア大会で優勝。11歳からは父親・史郎の英才教育を受けてボクシングも始め、中学3年間は空手とボクシングの練習を並行して行う。高校入学後はボクシングに専念し、2003年(平成15年)のフライ級全日本社会人王座を16歳10か月で獲得。17歳の誕生日にプロ転向。2005年(平成17年)4月28日に大阪のグリーンツダジムから東京の協栄ジムへの移籍が正式に決定した。言葉遣いの悪さ(本人曰く、敬語は尊敬できる相手だけに使えば良いという考え)とビッグマウスがトレードマーク。決め台詞は「っしゃおらああああ」。

2005年6月20日に後楽園ホールで、サマン・ソー・チャトロン(タイ 1969年 - 1990年代後半にWBCライトフライ級王座を10度防衛するも現役引退経験があり)と対戦し、1ラウンドKO勝ちし7勝目をあげた。2005年8月21日には横浜で東洋太平洋フライ級王者のワンミーチョック・シンワンチャー(タイ)に挑戦し、3ラウンドKOで初タイトルを奪取した(歴代2位の早さでの奪取も、防衛せず返上)。11月26日、さいたまスーパーアリーナで行われた世界タイトル前哨戦にて、WBAミニマム級前王者のノエル・アランブレットに完勝。2006年3月8日に2度目の世界前哨戦を行いカルロス・ボウチャン(WBA世界フライ級13位)に6ラウンドKO勝利した。5月5日には3度目の世界前哨戦でカルロス・ファハルド(WBC30位)に2ラウンドTKO勝利した。世界前哨戦のしすぎという声もある。

パフォーマンス
カルロス・ファハルドが同席した記者会見において、減量に苦しむ対戦相手の目の前で骨付きチキンを頬張り清涼飲料水を一気飲みして挑発。
カルロス・ファハルド戦の前日計量において、対戦相手の写真を貼ったフライパンを両手で折り曲げた。

戦歴
一戦目:デンナロン・シスソバ(タイ 0勝2敗)
二戦目:プラカルン・ツインズジム(タイ 0勝3敗)
三戦目:サミン・ツインズジム(タイ 0勝4敗)
四戦目:ダオチャイ・KTジム(タイ 0勝5敗)
五戦目:パデッチレック・チュワタナ(タイ デビュー戦)
六戦目:ヨードゲン・シンワンチャー(タイ 0勝4敗)
七戦目:サマン・ソー・チャトロン(タイ 46勝7敗1分)
八戦目:ワンミーチョーク・シンワンチャー(タイ 12勝2敗)
九戦目:ノエル・アランブレット(ベネズエラ 21勝4敗1分1無効)
十戦目:カルロス・ボウチャン(メキシコ 21戦16勝5敗)
十一戦目:カルロス・ファハルド(ニカラグア)
なお、現在まで日本人選手との対戦は無く、実際の実力は未知数と言う他ない。現在のブームは一部のメディア・マスコミが作り出しているものであり、実際の彼ら亀田三兄弟の実力とこの人気が比例しているかは疑問符をつけざるを得ない。今後の有名選手との対戦によりその実力が人気に見合ったものである事が期待される。

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